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伝統はまだ始まったばかり

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ご応募ありがとうございました。

 

島根県隠岐郡西ノ島町の中心に聳え立つ焼火山(たくひさん)。焼火山は山自体がご神体として祀られている神域で、8合目にある焼火神社には大日孁貴尊(天照大神の別名)が祀られている。その西ノ島を見渡せる焼火山の麓にある小さな窯元。島根県ふるさと伝統工芸品に指定されている「焼火窯」です。

離島で窯元を始めて今年で20数年、加藤夫妻は窯元を一代で築き上げ、焼火山の恩恵が込められた独自の作品を生み出してきました。加藤夫妻はようやく西ノ島に根付き始めた焼き物の歴史を、さらに後世に発展させていく後継者を探しています。

今回は、弟子でも従業員でもない。この土地で焼火窯を継承していく後継者の募集です。

 

加藤夫妻は平成8年に西ノ島にIターン。夫の唐山さんは「焼火窯」、妻の洋子さんは西ノ島の赤土、黄土を染料に「風流染」をしています。
その日、加藤夫妻は美術館巡りから帰ったばかり。今回は香川県の美術館に見たいものがあったようです。

遠距離の移動で、若干疲れた顔の加藤夫妻。いまでも陶器に限らず様々な美術品を見ることで美に対する感性を磨いているようです。
「島にこもっているだけでは何も変わらない」と語る唐山さん。焼火窯の伝統をより洗練されたものにしていこうとする姿勢を見せてくれました。

昔ながらの良き伝統は根幹にある本質を失うことなく、それでいて時代の流れを取り入れていかなければ生き残れない。伝統は失われゆく文化ではなく、日本人の心に息づいた感性によって作り上げらるべきものなのでしょう。

唐山さんは言います。
「陶芸は一生勉強。陶芸の技術、知識には終わりはない」

加藤唐山さんは日本を代表する陶磁器「美濃焼」の産地である岐阜県多治見市、美濃焼窯元13代目の次男として生を受けました。窯元に生まれたこともあって小さい頃から陶芸と関わってきた唐山さんは、中学生頃から家業を手伝うようになったといいます。

「当時は陶芸が嫌いだったね。子供の頃から手伝ってたし、高校の授業でも陶芸を勉強してたから逆に嫌になったのかもしれん。それと田舎者によくあるんだけど、東京への憧れがあった。俺は大都会行くぞーって目を輝かせてたよ」

加藤さんは高校を卒業後、陶芸の道を選ぶことなく憧れの東京での生活を始めます。当時はバブル全盛期。東京で20年ほど生活を送っていたある日、銀座の一流のお店で焼き物の新しい一面に出会ったそうです。

当時のことを懐かしそうに語ってくれました。

「銀座の一流のお店行くとやっぱり器も一流で、安価な量産品にはない魅力がそこにあるんだ。若い者にはまだわからんかもしれんけどな。酒や料理も器によって美味しくもなるし不味くもなる。遠い昔に忘れてしまっていた当たり前を思い出したのかもしれないな」

「その器を見て、もう一度作りたいって思ったわけだ。見るたびに心揺さぶられたよ。ようやく陶芸が好きな自分と向き合うことができたね」

加藤さんの中に眠っていた、詫び寂びの遺伝子が目覚めた瞬間でしょうか。ネオンよりも侘び寂びの魅力に目覚めた加藤さんはすぐに陶芸の道を目指し始めます。しかし、窯元に生まれたからこそ40歳という年齢で陶芸の道を志すことの険しさを誰よりも理解していました。それでも会社を辞めて貪るように複数の陶芸教室に通いつめたそうです。

「名のある先生の教室に通い詰めて腕を磨いたね。幸いなことに高校生時代の同級生の何人かが有名な先生になっていてね。訪ねて教えてもらったりしたから上達が早かったよ」

胸の内にある情熱は決して消えることはなかったようです。

最初は富士山が見える静かな場所で開窯したいと思っていたそうです。しかし、旅行で隠岐・西ノ島町に訪れたとき、富士山の壮大さすらも忘れるほど荘厳な空気に包まれた国賀海岸の大自然に出会います。

その感動から、西ノ島町に移住して2年。御神体の焼火山の麓に焼火窯を開窯します。

それが西ノ島の焼き物「焼火窯」の起源です。

「最初は失敗の連続だったよ。西ノ島で取れる赤土を使って焼き物を作ろうと思ったんだ。土の配合比率はわかるんだけどなかなか納得がいかない。だからずーと試作。作っては割る日々を過ごしたよ」

西ノ島の大地を陶器に宿すために、焼いては壊す日々。
当時は毎日毎晩、夢中で作っていたようです。しかし、加藤さんは「目的があれば全く大変じゃない」と言います。焼き上がるまでどんな仕上がりになるのかわからないことこそ、陶芸の魅力なのかもしれません。

そして、試行錯誤の末に西ノ島独自の陶芸ができ上がります。西ノ島の赤土を練り混むことで他に類を見ない、素朴で格式高い色合いの陶器が誕生しました。西ノ島で採れる赤土を故郷である美濃の粘土に混ぜ込み、釉薬には地元の杉や海藻を使うことで、自分のルーツと西ノ島への尊敬を見事に表現しました。

今回、後継者募集をしたきっかけをを教えてください。

「昔はよく弟子になりたいと門を叩く若者が多かった。自分で調べて急にくるんだよ。ただ、その弟子のほとんどが独り立ちしてしまってね」

加藤さんはこれまで10人以上の弟子を育成してきました。多い時で5人が工房で学んでいたこともあるそうです。中には一級建築士の方もいて、加藤さんの陶芸の魅力の深さがうかがえます。

「ただ、数年前に病気になってしまって、手術を受けることになった。手術の後遺症で、右手の小指と薬指、左手の親指が物の厚みを感じ取ることが難しくて以前のように作業ができない。ただ、作れなくなったわけではないんだ。ろくろの仕上げ工程が指先が思うようにできなくて、作れる陶器の種類が減ったね」

「それがきっかけで焼火窯の伝統を受け継ぐ後継者を募集しようと決めたんだ。窯元をここで終わりにしたくはないからね」

ろくろを回して器を形つくるのが困難な状況の中でも焼火窯の先を見据えています。工房を開いて20年数年、まだ西ノ島の焼き物の歴史は道半ばです。

後継者については洋子さんも危機感があったそうです。洋子さんが経緯を教えてくれました。

「若者に技術を継承するために行政に相談したところ、地域おこし協力隊という制度を知り、この制度を活用して募集することにしたんです。収入を得ながら知識と技術を習得できるのはメリット大きいですよね」

今回の募集では、若者が伝統を引き継ぎ、新たな担い手として承継できるように地域おこし協力隊制度を活用するそうです。3年間給料をもらいながら学べるため、待遇も通常の修行よりも良く、後継者募集の敷居が低くなります。

「器用でなくていいの。器用な子は基礎のないうちから、あれもこれもやりたくなっちゃうから。陶芸の道は5年間は修行が必要だし、器用な子ほど深いところにたどり着けない。だからゆっくり時間をかけて腕を磨いて欲しい。陶芸の世界においては個性は出さなくてもいい。勝手に出てくるものだから」と洋子さんは言います。

個性とは唯一もの。しっかり基礎を気づいた上で個性が輝きだすものだと教えてくれました。いままで唐山さんと一緒に弟子を支えてきたからこそわかることなのでしょう。

唐山さんに、後継者の条件を伺ったところ「陶芸で食べていきたいこと」「陶芸が好きな人」「島が好き」を挙げています。
焼火窯は日本の侘び寂びを唐山さんが一つの形として表現した伝統文化です。そのため、加藤さんと同じ志を持って取り組んで欲しいという想いがあるようです。苦しい時期も「陶芸で食べていく決意」と「陶芸が好きだという気持ち」があれば乗り越えられるはずだと。

後継者に求めることはありますか?

「いまの時代、昔ながらのスタイルは通用しない。もっと斬新な新しい文化を取り入れて欲しいと思うんだ。広げようと思ったら広げられる時代だからこそ、若い人にやってもらいたい。若者には若者のやり方がある。インターネットでPRしたりして欲しいね」

「ただ、最初はついてこい。基礎のできていない人ほど個性を強調する。教える上で個性は大切にするけども、陶芸の基礎を覚えるまでは強調しなくていいんだ。基礎が身についたら、そこからは好きなように陶芸を極めて欲しい」

後継者にはこれまでと違う陶芸の世界を切り開いて欲しいようです。現代の環境で育った若者だからこそ成し遂げられるものがあるのでしょう。しかし、あくまでも基礎ができるようになった後の話です。陶芸の真髄や侘び寂びの境地に至れるように、加藤さんは後継者の育成を考えています。

最後に、陶芸家を目指す方には知って欲しい現実があります。
それは収入を得ることが難しいということです。陶芸家が抱えている一番の問題なのかもしれません。

「長く陶芸家を続けるには、それだけお金がかかる。陶芸の真髄に触れるまで探求するためには、やはり、継続して収入を得る必要がある。だから、営業と利益の出し方が大切になってくる」

唐山さんは定期的に個展を開いたり島外への営業を欠かしません。離島で陶芸を作っているというだけで差別化ができ、いろんな人が興味を持ってくれるのだとか。

「営業にいくことで、お客さんの欲しいもののニーズを捉える勉強もできるしね。ただ、この島で作ってるだけではダメだ。だから島外に積極的に出て営業なり勉強をしていってもらう。他の焼き物を見たりするのも勉強だ」

素晴らしい他の作品からも学び、個性を大切にしながら陶芸の真髄に迫って欲しいと考えていているようです。

陶芸とは日本の心であり、侘び寂びや土地の雰囲気を形に落とし込む伝統文化です。その文化を継承するためには技術以上に人格や精神性の高さが必要になります。これは最初から身につける必要はなく、焼き物をやっていく過程で自然と身についてくるものなのでしょう。

焼火窯は、島根県ふるさと伝統工芸品に指定されているにも関わらず、唐山さんはまだまだ伝統ではないと言います。後継者がより高みへと洗練して欲しいという願いがあるのかもしれません。

求人募集要項
企業名・団体名焼火窯
企業・団体情報【設立】1997年
【設備】電気炉×2
    電動ロクロ×5
募集職種地域おこし協力隊
雇用形態嘱託職員
活動開始の日(応相談)から平成31年3月31日まで。(毎年度更新最長3年)
仕事内容・陶芸・泥染めの技法習得
・陶芸教室、イベント等の企画、運営
・PR活動
採用人数1名
給与月額154,200(3年間)
移譲方法無償譲渡
移譲時期5年以内を想定
福利厚生・交通手当
・賞与年2回
・社会保険(雇用保険、労災保険、健康保険、厚生年金)
・活動に必要な経費は町が予算の範囲内で負担
勤務地島根県隠岐郡西ノ島町美田973
勤務時間8時30分-17時15分(昼休憩1時間)
休日・休暇完全週休二日
※休日等に活動した場合は代休対応となります。
住宅住居は原則として町で用意し、町が家賃を全額負担
募集期間〜2018/05/18
応募資格・選考基準・年齢不問
・応募時点で3大都市圏をはじめとする都市地域、又は地方都市(条件不利地域を含まない市町村)に在住し、隊員決定後に西ノ島町へ住民票を異動し移住できる方
※詳細は、総務省「地域おこし協力隊」のホームページに掲載されている「特別交付税措置に係る地域要件確認表」をご覧ください。


選考プロセス1.本サイトからお申込み
2.書類選考
3.面接
※不採用理由についてのお問い合わせはにはお答えできません。
その他

西ノ島町役場
西ノ島町観光協会
西ノ島いいね!

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