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さあ、これから新しい風を
入れていこう

こちらの求人は募集が終了しました。
ご応募ありがとうございました。

あらゆる物を、簡単に手に入れられる時代。物を作るという行為も買うという行為も、とても早いスピードの中で行われていることが当たり前になりました。

でも、そんなスピードに慣れてしまっているとびっくりするような、丁寧で誠実なものづくりを日々大切に繋いでいる場所があります。

長野県南信地方、諏訪湖の西側に位置する岡谷市。『近代製糸業』発祥の地です。明治から昭和初期にかけて日本の生糸生産量の四分の一を占めるほどの活況をみせ、重要な輸出産業として日本の近代化に大きく貢献しました。最盛期には200もの製糸工場が立ち並んでいたそうです。

今は精密加工業のまちへと変貌を遂げましたが、かつて日本を支え、岡谷発展のベースとなった蚕糸業。そんな岡谷の蚕糸業の魅力を発信し、さらに盛り上げるため商品の企画開発とPR活動、養蚕の後継を担う仲間を募集します。

地域おこし協力隊採用を担当している岡谷市役所ブランド推進室の坂本直也さんにお話を伺いました。

岡谷市での協力隊の募集は、今回が初めてだそうです。初の協力隊受け入れに当たって、担当の坂本さんは、富岡製糸場の世界文化遺産登録に関する業務を経験、先進の自治体や大学から学ぶことで、岡谷シルクのプロジェクト成功に向けた体制を整えているそうです。ここまでしっかりと準備を整えていると、就任する協力隊も安心です。

ー岡谷の生糸作りについて教えていただけますか?

「昭和の始めがピークで、岡谷のまちは大変賑わっていました。戦後、自動車メーカーとして有名な企業が繰糸機械を作っていたんです。それは自動繰糸機と言って、イタリア等のヨーロッパや中近東、アジア、ブラジルなどへ輸出されていました」

昭和初期の生糸の輸出高は約35%もあったというから、いかに日本にとって重要な産業だったかが分かります。戦後生糸の需要は伸び、昭和40年代の高度経済成長時をピークとして、その後、生糸の需要は減少していきます。国内にある製糸工場は減り続け、現在では岡谷市にある宮坂製糸所を含め4工場のみとなったそうです。

右から髙林さん、宮坂さん、小山さん

 

これまで岡谷のシルクをそれぞれ別の立場から支え続けてきた皆さん。岡谷蚕糸博物館館長の髙林千幸さん、昭和3年創業の株式会社宮坂製糸所代表取締役 宮坂照彦さん、岡谷市で長年シルク製品を作っている岡谷絹工房の小山町子さんが岡谷のシルクについて教えてくれました。

10緒型 自動繰糸機

 

宮坂製糸所の作業現場は岡谷蚕糸博物館に併設され、休館日以外はいつでも作業風景を見学できるようになっています。

来館者には髙林さんや博物館職員、宮坂さんが詳しい説明をしてくださるという力の入れよう。評判が評判を呼び、遠方からの来館者も多いそうです。そこで、様々な種類の糸を製造している製糸所を宮坂さんに案内してもらいました。

諏訪式繰糸機

 

上州式、諏訪式など明治時代から使われている繰糸機や戦後の自動繰糸機、特殊な生糸を作り出す繰糸機など様々な繰糸機を設置していることが宮坂製糸所の特色です。このような種々の繰糸機を設置し、本格的な生糸生産をしているところは他にないそうです。

上州式繰糸機は、中国から東回りで伝来し、江戸時代に日本で発展したもので、繭糸の抱合がしっかりしていないため、かさ高な生糸となります。もう一つは諏訪式繰糸機で、これは明治初期に岡谷で開発されたものです。シルクロードを西回りで伝来し、フランスやイタリアの繰糸機をもとにしています。糸の風合いがとても柔らかく、ふんわりとした織物になります。

どちらも手仕事ならではで、自動繰糸機による生糸とは異なった風合いを表現できる糸となります。

「均一のものを大量生産という方法は、かつてはどこの製糸場でもやってたんだけどね、外国製の生糸を輸入するようになって、国内でそれをする意味がなくなってきた。だから多品種少量生産の方法にしています」

多品種に対応できるように今でも研究を重ね、特色のある製品作りを模索しているそうです。

異なる繰糸方法によって生まれる特徴のある生糸

 

ー養蚕については、今どのように取り組まれているのでしょう。

「岡谷では、養蚕をやっていた農家さんが20年前にやめてから、もう1件も残ってなかったんです。が、三沢という地区でもう一度養蚕を復活させようという声が7、8年前から出てきました。昨年になって繭が採れ始めて、今年は70キロくらいの繭を宮坂製糸所に出荷しました」

現在のところ岡谷での養蚕農家はその1軒のみで、その方はもともと大工さんでしたが、養蚕の復興に想いを持って、3年前から取り組み始めたそうです。

「岡谷をもう一度シルクのまちにしようと。養蚕がなければシルクは作れない。海外から取り寄せていては、仮に輸入をストップされたとき、作れなくなってしまう。幸いなことに、岡谷は宮坂製糸所がある。地元の繭で、地元の製糸所で糸を作り、地元の職人が商品にしていく。これが岡谷のブランドになっていくんです」と髙林さんは言う。

民間から自発的に取り組む方が現れ、養蚕とシルクという文化が岡谷にとって大切な資源であると捉え直す動きになりました。

養蚕に使う桑畑

 

岡谷シルクのブランドを足元から支えるという重要な養蚕ですが、抱える課題もあります。

養蚕で繭が採れるシーズンは年間4回の春、夏、初秋、晩秋、1ヶ月ずつ。年間のうち半年間のみの作業になるので、それだけで生計を立てることは難しいのが現状。他の地域で養蚕に携わる農家は、他の仕事と平行して行っており、オフシーズンをどのように活用するかがポイントとなります。また、収益化のためには、傾斜が多く、作付面積の少ない中山間地での作業の中で、どのように生産性を向上させるのか、工夫が必要です。

地域おこし協力隊に就任後は、シーズン中には養蚕の見習いをして学んでもらう予定とのことです。それ以外の時期には、宮坂製糸場で糸をとってもらったり、機織りを習ったり、製糸に関することをしてもらいたいとのこと。シーズンオフの間も、蚕糸のことを学べる環境が揃っています。

養蚕、製糸、シルク工房と商品化までの一連の流れが地域の中で完結していることでフットワーク軽く協力しあえることが、岡谷の大きな強み。

旧山一製糸事務所、現在は岡谷絹工房が入っている

 

最後に、宮坂製糸所で作った糸から絹製品を製造している岡谷絹工房を小山さんに案内してもらいました。

まずはその建物にびっくり。国の重要有形文化財にも指定されている、旧製糸事務所の建物内で絹製品が作られています。歴史的な建築物としての価値も高く、わざわざ遠方から見学にくる人も多いとか。

この岡谷絹工房は、岡谷の絹製品を伝承するために20年前に設立されました。現在織りを行っている方は34名。小山さんはその1期生で、今では工房の代表として、特注を受けた織物を制作しています。有名ブランドや、地元出身の歌舞伎役者も小山さんの織物のファンだそうです。

岡谷絹工房の活動を熱く語る小山さん

 

「岡谷絹工房では注文してもらったものを作るグループと、自分たちで自由に作るグループがあり、着物、マフラーなど、それぞれの用途に合わせた打ち込み方を考えながら進めていてね。本当に範囲が広いと思います。糸の太さも色々あって、何をイメージして作るかで糸を変えるんです。職人の世界なので、一つの製品ができるようになるまで時間がかかりますよ」

「作ったことのないものを欲しいって言われたら、宮坂製糸所にお願いして糸を作ってもらったりも。近いから、すぐ直接お願いできますよ」

ーシルクで商品を作る際、大変なことはありますか?

「人が感動してくれるものを作りたいと思うから、何度も何度も繰り返さないと難しいなと思います。皆さん織るところが難しいとお思いでしょうけど、その前の、経糸(たていと)を張るところが一番難しい。それができれば8割出来たといってもいいかもしれないですねえ」

「注文をもらったら、新しい商品を作るのは、それは大変よ。だけれど皆でがんばって、なんとか作っています」

「おかや絹」の織物

 

そうして出来上がる商品ですが、人の目に触れる機会が少ない、というのが現状の課題です。

「私たちはね、作るのを精一杯やっているんだけど、どうしても売るっていうことが不得意で。ここまで見に来て下さる方は感動してくれたりするんだけど。私が古いデザインかなと思っているものも、若い人に見せるとこれいいですね、なんて言われることも多くてびっくりしています」

生産についての素材、ノウハウはすべて岡谷にある。しかし、これを発信するスキルがない。せっかく手塩にかけて作った商品も、売れていかなければ今後岡谷のシルクを続けていくことはできないという歯がゆさを抱えています。

経糸をつくる(整経作業)

 

工房では、撚糸(ねんし:一本一本が細い絹糸を撚り、丈夫さや光沢など織物の風合いに合わせた糸を作る工程)、糸の染色、織りの工程すべてを行います。

使われている機械は、すべてほとんど昭和初期のもの。織り機ももう生産されていないので、かつて養蚕を行っていた農家にしまってあったものを譲り受けたそうです。

岡谷絹工房の機織り機

 

「機織り機がこんなに沢山ある所なんて、国内にはもうないですよ。しかもみんな現役ですからね」

機織り機自体の製造がないため、壊れてしまったら部品を集めるのも一苦労。機械の調子が悪くなった時に修理を頼める方もわずかといいます。ぱたぱたと工房内を動きまわり、古い機械を操作していく小山さん。糸が織られていく様子は一つ一つが美しく、ため息が出そうなほど。

ーこうして手塩にかけて出来たものが売れて行ったら、嬉しいですね。

「そりゃあもう、とっても嬉しいわよ」

大変とは言うものの、工房の中を楽しそうに、愛おしそうに見つめる小山さんの眼差しが印象的です。

機織り機の経糸

 

今までは、岡谷シルクの文化を守ってきた。さあ、これから新しい風を入れていこう。これからの道のりはまだまだ未知ですが、真心を込めてひとつずつ挑む姿勢には変わりありません。

 

 

求人募集要項
企業名・団体名岡谷市役所ブランド推進室
企業・団体情報【設立】1936年4月
募集職種地域おこし協力隊
雇用形態岡谷市の非常勤職員として委嘱
仕事内容①養蚕農家と協力して養蚕の振興に関すること(1名)
②岡谷シルクのブランド化に関すること(1名)
【共通事項】
・製糸業務に関すること
・機織りや染め等のシルク製品作りに関すること
・岡谷ブランドブックの推進に関すること
・SNS等を活用した情報発信に関わること
・養蚕とブランド化に関する業務は相互に協力すること
・その他市長が必要と認めること
採用人数2名
給与月給230,000円(最長3年)
福利厚生・社会保険(厚生年金、健康保険、雇用保険、労災保険)
・副業可能(隊員としての活動時間以外において、予め市長に届け出た場合は可能とします。ただし協力隊の業務に影響のない場合に限ります)
勤務地長野県岡谷市内
勤務時間1日につき6時間45分とする。
原則として9時30分から17時15分まで(うち1時間の休憩)としますが、活動内容により6時間45分を超えない範囲で変更できるものとします。
休日・休暇週休二日
有給休暇あり
住宅家賃相場:単身者向けで約40,000〜60,000円/月
募集期間〜2019/2/5
応募資格・選考基準・平成31年4月1日現在、年齢が25歳以上で社会人経験がある方
・3大都市圏または政令指定都市のうち、条件不利地域を除く地域に住民登録をしている者で、委嘱の日以降、早期に岡谷市に住民票を異動し、生活の拠点を移すことができる方
※地域要件については、総務省の「地域おこし協力隊」の関連ページで確認してください。
選考プロセス1.本サイトからのお申し込み
2.書類選考
3.面接
※不採用理由についてのお問い合わせにはお答えできません
その他

岡谷市ホームページ

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